第13回日中文化研究会 「日中高校生の生活意識」(2007.7.25)

第13回日中文化研究会 「日中高校生の生活意識」

  • 報告者    千石 保 氏(財団法人 日本青少年研究所所長)
  • 日 時   2007年7月25日(水)18時40分〜20時30分
  • 場 所    80年館7F大会議室(角)
  • 司 会   王 敏 (法政大学国際日本学研究所教授)

第13回日中文化研究会は、財団法人日本青少年研究所所長千石保氏を報告者に迎えおこなわれた。千石氏は、1928年生まれ、早稲田大学法学部を卒業後、東京地検検事、総理府(当時)青少年対策本部参事官を経て、1975年、日本青少年研究所を設立し、現在、同研究所所長兼理事長として活躍されている。長年、青少年問題に取り組み、著書も多数著されている。

 

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今回の報告ではとくに、千石氏が同研究所で実施したアンケート調査「日中高校生の生活意識」の一部を配布・公表され、現在日中双方の高校生が抱えている人生観・職業観・隣国イメージを比較検討しながら、それに所感を添えながら報告された。

公表された調査項目は、「関心事」「希望」「人生目標」「職業意識」「希望する学歴」「相手国イメージ」などからなる。

「関心事」についてみると、日中共通して「非常に関心がある」ものに「将来の進路(日本側回答53.9%:中国側回答63.6%、以下同様に日中の順に対照して示す)」や「友人関係(55.6%:62.9%)」をあげている。その一方で、日本の高校生が「大衆文化(62.1%:35.2%)」「流行(40.2%:11.0%)」に高い数値を示しているのに対して、中国側は「勉強や成績(23.4%:50.2%)」「家族のこと(32.4%:49.9%)」の数値が高い。また、「大事にしていること」についても「成績がよくなること(33.2%:75.8%)」「希望の大学に入学すること(29.3%:76.4%)」という差が見られる。日本の高校生よりも中国の同世代のほうが、学業を強く意識していることがうかがえる。

こうした傾向について千石氏は、中国の高校生の学力志向が過剰である点を指摘した。中国人生徒が学業に没頭する傾向は、運動能力の低下や肥満児の増加といった現象にもあらわれていることのほか、中学校の校庭に鉄棒を見ないこと、長距離歩行をさせても脱落者が出やすいことなども傍証としてあげられた。ただ、中国人家庭の教育熱の高さを反映して、小学生でも流暢に英語を話す者が現れている事実を紹介し、日本の英語教育のあり方については改善の必要があると指摘した。

また、千石氏は、日本の教育事情の一端として、教育熱心な地域とそうでない地域の二分化が進んでいる点をあげ、所得の格差が教育の格差に結びつく、いわゆる「格差固定社会」の進行について示唆された。そうした傾向は、個人情報を保護する観点から実態調査が困難となってきており、詳細が把握されないまま状況が悪化している可能性があると憂慮を示された。

また、日本の高校生は概して未来志向がなく覇気がないとも指摘された。それはデータ上でも、「人生目標」を問うアンケートに対して「有名人になる(11.0%:20.8%)」「高い社会的地位につく(14.1%:36.2%)」「お金持ちになる(33.7%:61.7%)」という差として表れていた。また、「偉くなりたいか」という問いに対して肯定的な回答(「強くそう思う」「まあそう思う」の合計)が、日本側44.1%に対して中国側は85.8%であり、さらに、「偉くなること」について、日本側回答には「自分の時間がなくなる」という否定的な見方があるのに対し、中国側には「自分の能力をより発揮できる」と肯定的に捉えているという違いもあげられた。

さらに千石氏は、「希望する学歴」について「修士まで(4.4%:22.0%)」「博士まで(2.8%:23.3%)」という差がみられ、これは日本の大学教育に対する社会の不信の表れであり、大学教育の見直しを進めるべきだと提言した。また興味深かったのは、「職業意識(将来就きたい職業)」で「政府機関の公務員」をあげた者が、1999年調査では日中それぞれ31.7%:22.9%であるが、2007年調査では9.2%:28.6%になっている。サンプルの違い等を考慮しても、日本で頻繁に報道される政府・官僚の不祥事が子どもたちに深刻な悪影響を与えている実態もうかがえた。

また千石氏によれば、今の高校生は友人同士のつながりを重視している一方で、家庭の事情を話し合わないなど、家庭ごとに複雑な事情を抱えたようすも垣間見られるという。これも格差社会の現実を反映したことかもしれない。

概して言えば、調査対象となった高校生が育ってきた1990年から現在までという時代が、日本においては不良債権処理、リストラ、弱者切捨てによる中小企業の倒産、商店街のシャッター通り化などの時代であったのと対照的に、中国は高層ビル建設ラッシュによって年ごとに街の景観が激変する高度成長期であった。日本の高校生に未来志向や覇気がなく、中国の高校生に激しい競争意識が観察されるのも、両社会の経済状況を露骨に反映したものだといえよう。そして、両地域に共通するのは、国内に経済格差が広がりつつある点であり、高校生の意識調査からもそれが一方ではあきらめとして、一方では競争意識として読み取れた。グローバライゼーションの負の影響が垣間見られる調査結果であった。

なお、報告後の質疑では、中国側データのサンプルが「日本語のわかる中国人」である点に比較の妥当性について疑義が指摘された。また、「偉くなりたいか」という質問に対し日本側で低い数値が示されたことについて、一般的な上昇志向より個人的な自己実現を優先するようになったと肯定的にみることができるという解釈が会場からあがった。

【記事執筆:玉腰 辰己(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員)】