第11回日中文化研究会「対訳コーパスと多文化比較研究 -言語と翻訳の研究例-」(2007.4.25)

第11回日中文化研究会 「対訳コーパスと多文化比較研究−言語と翻訳の研究例−」

  • 報告者    曹 大峰 氏(北京日本学研究中心教授)     
  • 日 時   2007年4月25日(水) 18時30分〜20時30分 
  • 場 所    58年館2階 国際日本学研究所セミナー室 
  • 司 会   王 敏 (法政大学国際日本学研究所教授)


 2007年4月25日、北京外国語大学(北京日本学研究センター)教授で、現在、国立国語研究所博報海外招聘研究員としても活動されている曹大峰氏をお招きして、第11回目の日中文化研究会が開催された。曹氏は、現在、多文化多言語研究と教育のための情報資源開発及びコーパス作成と応用研究、中国における日本語教育学の理論・方法・手段の発展を促すための調査研究に従事されている。曹氏の「対訳コーパスと多文化比較研究」というテーマの報告は、聴講者にとって関心の高いテーマで、熱心な質疑が行われた。報告趣旨は以下の通りである。

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■中国の多文化社会と異文化学習の課題

 中国で日本語を学習する者は、2003年時点で高等教育機関在学者で約20万6千人、初等中等教育機関在学者で約8万人、社会人で約10万3千人である。学習者数は、1998年に比べ初等中等教育機関在学者では縮小(学習者数で約32%の減)傾向にあるが、高等教育機関在学者では約2.2倍、社会人では約3.1倍になっている。中国では、初等中等教育レベルでは、英語学習が熱心に行われるようになってきたことに伴い、日本語学習者数は減少しているとのこと。高等教育機関在学者、社会人では、複合型人材育成という目標や日本経済とアニメ文化の魅力により、日本語学習ニーズが高まり、学習者数が増加しているとのこと。現在、中国では、語学の習得・教授だけではなく、文化学、異文化理解等の配慮や研究の横断(学際・国際的)的配慮が課題となっているとのことである。

■多言語コーパスの開発と利用研究

<中日対訳コーパスの構築と機能>

 北京日本学研究センターでは、設立(1985年)当初から中日両国の研究者による複眼的日本学教育と研究を継続的に実施し、最近は、多言語対訳コーパスの開発と研究利用を始めとする多文化比較研究に積極的に取り組んでいるそうである。コーパス(corpus)は、デジタル化された自然言語の文章からなる巨大なテキストデータのことで、コンピュータの正確で高速な処理能力を活用し、コーパスを分析することにより、言語が使用されている実態を明らかにし、言語の記述を精密化することが可能になるとのことである。対訳コーパス(parallel corpus)は、オリジナルのテキストと翻訳を並列して処理するもので、言語の対照研究や翻訳研究などに活用しているとのことである。中日対訳コーパスは、7,8年前にスタートした中日の共同研究プロジェクトで、我が国の国際交流基金の援助により実施されているそうである。このプロジェクトは、「中日両言語並列型の対訳コーパス(単言語利用や多言語拡張も可能)」「中日英windowsで利用可能」「世界初の2千万字規模(多ジャンルで原文と対訳で157件)」「多分野研究と教育の利用が可能」(言語・翻訳・文学・文化など)「多能な機能を持つ検索ツール付き」(ダブルキーワード、定形表現、正規表現などの検索)「基本的な情報付与」(対応/品詞/係受け、並列抽出表示可能)「ユニコードと純正コード処理」(検索結果のコピーや再利用が簡単)「データ種類の指定と選択可能」(ジャンル・種・原文・訳文)などの特徴をもち、実用性と可能性の両面で大きな注目を集めているそうである。4年前に完成し、研究利用に内部公開され、広く利用されているそうである。

<対訳コーパスの利用研究と実践例>

 対訳コーパスを使用した研究は、現時点では言語関係が中心であるが、対訳コーパスの可能性を考慮すれば、文化や社会に関するものなど文化比較研究への利用が考えられるそうである。中日対訳コーパスでは、原文と訳文の比較方法を「対等的」「照応的」(文・文章レベル)「参照的」(語レベル)という3つの観点から整理し、対照言語学の利用モデルを8つのモデルに整理されている。曹氏は、同形語「愛国」の日中対照研究、類義文末語「だろう」と「?」の日中対照研究、異義同形語「人間」の翻訳研究について説明してくださった。同形語を使用する日中両国間で生じる誤解を明らかにする上で対訳コーパスが果たす役割の大きさの一端、対訳コーパスの可能性の大きさを理解できた。「愛国」という言葉が日中両国において使用されている文脈についての報告は、昨今の日中両国間に起きた現象を理解する上でも極めて興味深い内容であった。                

■多文化比較研究の方法と今後への期待

 曹氏は、21世紀は「多言語社会と多文化共生の時代」「教育と研究の学際融合と国際協力の時代」と位置付けられ、北京日本学研究センターと本学国際日本学研究センターの役割等について言及された。今回の報告を聴き、中日対訳コーパスが日中間の相互理解を促進するために重要な役割を担うことを確信した。国際交流基金の援助が今後も実施され、更に充実したものになることを期待する。

【記事執筆:杉長 敬治(法政大学特任教授)】