第10回日中文化研究会仏教受容の仕方についての日中の比較(2007.3.24)

第10回日中文化研究会 「仏教受容の仕方についての日中の比較」

  • 報告者    植木 雅俊 氏(仏教研究家)     
  • 日 時   2007年3月24日(水) 18時30分〜20時30分 
  • 場 所    ボアソナード・タワー19階 D会議室
  • 司 会   王 敏 (法政大学国際日本学研究所教授)


仏教研究家の植木雅俊氏をお招きして、第10回目の日中文化研究会が開催された。植木氏は、九州大学・大学院で物理学を研究された後、東洋大学の大学院で仏教を研究し、東方学院でインド思想・仏教思想を学び、サンスクリッドを習得された。お茶の水女子大学で男性初の人文科学博士を取得。報告の概要は以下の通りである。

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原典に遡って研究することの重要性

冒頭に、植木氏は、日本とインド、中国の仏教の違いについて、北枕を例に話をされた。日本では、北枕が不吉なものとされているが、インドで、北枕は教養のある人達の寝方で、釈尊も日頃から北枕で寝ており、亡くなる時も当然、北枕だった。ところが、釈尊の臨終の場面を記した『涅槃経』の「釈尊は頭を北に向けて寝ておられた」という記述を読んだ日本の仏教者達が、北枕を人の死ぬ時の寝方だと思い込み、日本では、不吉なものとなったらしい。中国には北枕といった考えがないそうである。氏は、「生活習慣ですら、誤解が生じているのだから、抽象的な概念としての仏教の教義の根幹部分にも誤解が生じているのではないか」との問題意識をもたれ、サンスクリット語(梵語)の仏典に遡って仏教を研究することを開始されたそうである。

インド仏教の受容の仕方についての日中の特徴

インドに発祥した仏教は、まず中国で翻訳(漢訳)され、日本には中国経由で伝わった。植木氏は、インド発祥の仏教の中日両国での受容の仕方を、以下のような多岐にわたる点について、翻訳論、比較文化論の観点から報告をされた。

○サンスクリット原典が中国で漢訳されると、原典は捨て去られ、解釈が一人歩きし、漢文・漢字を恣意的に解釈する事例が見られるようになった;サンスクリット語が漢訳された時点で翻訳改変が行われた事例(「夫が妻に奉仕する」→「妻が夫に奉仕する」(中国固有の家父長制的儒教倫理の価値観が反映した翻訳(意訳)が行われ、全く逆の意味になった事例))や恣意的に解釈をされた事例(悉檀や蓮華の例)の紹介があった。

○日本は、漢訳仏典を通して仏教を受容したが、その受容の仕方にも日本的な特徴がある;インドでは仏典はそれぞれの地域の言葉で音読され、中国では中国語で音読されたので、両国では、仏典は理解可能なものであった。日本では、漢訳教典は呉音で音読されたので、多くの日本人には理解不能であった。わからないものをありがたがる風潮が生じ、仏教の概念が低俗化した。また、道元、親鸞、日蓮等が恣意的解釈を行っている例も多い。

○インドでは、仏教は国家とは一線を画していたが、中国と日本では鎮護国家のためのものとなった;インドでは、国王と泥棒を同列に見るなど、国家契約説に立っていたが、中国では、5世紀に、宗教が国家に従属させられ、仏教者が国家との関わりを積極的に主張することもなかった。日本では、当初から、国の利益に奉仕するもの、国政を安定させるものとして仏教が受容された。

○インドでは、集団よりも個人を重視したが、中国を経て日本に伝わるにつれて、その関係が逆転した;インドでは、個人が単位であり、集団性は捨象されたが、日本では、集団性が重視され、個人は人格よりも帰属する集団の立場や肩書きで判断された。仏教用語である「義理」は、本来、物事の正しい筋道、人の行うべき正しい道、道理という意味であるが、日本では、長上に対する義務という意味に変容した。

○インドでは、具体的な人格性としての「人」よりも、普遍的真理である「法」を重視していたが、その関係も中国、日本へと伝わるにつれて逆転した;インドでは、人よりも、法を重視したが、中国では、法を具現化した人を重視し、日本では、特定の人物に信を置くことが重視され、法王崇拝、宗祖個人への崇拝・帰依が重視された。

○インドでは、現象の背後に実在を見るという傾向が強かったが、中国、日本へと伝わる中で、次第に「現象即実在」という傾向を強めた(現象と実在に対する態度の相違);インドでは、普遍的本性に強い関心をもち、現象的なものには無関心な傾向が強いが、中国、日本では、現実主義で、とりわけ日本では、「現象即実在」の考え方が強調され、現実肯定論、煩悩肯定論、戒律無視となった面がある。出家者の飲酒や結婚は、極めて日本的なものと言われている。

○日本では、仏教の考えが、豊かな作品を生み出す源泉となった;日本では、諸法実相は、自然観、文学論・芸術論として受容され、優れた文学・芸術を生む源泉になったが、人の生き方まで及ぶものにはならなかった。

報告を聴いて;日本の宗教思想を理解する上で、また、日中文化の比較研究上も極めて意義のある報告であった。宗教の理解、とりわけ日本仏教、神仏習合などの理解なくしては、日本の社会や文化の理解は不可能であることを再認識した。また、植木氏の原典に遡って緻密に比較研究をされる真摯な研究態度にも大きな感銘を受けた。

 

【記事執筆:杉長 敬治(法政大学特任教授)】